2015 ネパール支援活動記録(6/19-7/3)

6/29 バクタプールの学校視察

校舎は無残にも崩壊したまま
校舎は無残にも崩壊したまま
変わり果てた思い出の地で求められたもの

世界遺産でもある、ネパール・バクタプールにある学校(gaverment school)へ訪問・視察。

学校に到着。校舎は…崩壊していました。そのため、授業は敷地内に作った仮設小屋で行っていました。300人程の生徒は仮設小屋には収まらないため、今はシフト制の入れ替えで授業をしているとのことです。

そして、校長先生の口から出た、最初の要望は…
「必要機材を揃えて、音楽イベントをしたい」
その時、日本人のみんなの目線が一度私に集まり、正直とまどってしまいました。

だって目の前には…
壊れた校舎が…
授業もままならない状況…
色々なことが頭をよぎった…

まさか「音楽」という言葉が出るとは思いませんでした。ミュージシャンとして嬉しいというより、飲み込めてない自分がいたのを覚えています。

まず先生が一番気にしていたのは、子どもたちのメンタル面の問題だった。もちろん授業もままならない先生方も不安なのは一緒です。
ネパールでは、80年前に大きな地震があった以来、今回の大地震。ほとんどの人たちが、つい約2ヶ月前にはじめて地震を経験しました。私たち日本人の想像を、はるかに超えるメンタル面の問題がそこにはありました。

まだまだ復興の目処は立っていない
まだまだ復興の目処は立っていない
子どもたちの思い出の詰まった教室
子どもたちの思い出の詰まった教室
子どもたちのために、それぞれが今出来ること

話を続けていくと、先生たちが他にも必要としてるものが沢山ありました。もちろんその全てを私たちが援助するのは難しい。だけど、そこにいる誰もがこのまま帰ることは出来ませんでした。

そして私たちはまず、「ネパールの人たちを中心に、何かイベントが出来ないだろうか?」そう考え、たまたまそこに居た、この学校の図工の先生に注目した。

この少し前に学校内を案内されたとき、壊れた教室には、子どもたちの紙の作品がたくさん飾ってあったのを思い出し、私たちはハッとした。
「日本から折り紙を調達して、折り紙教室をしよう!」

そして8月に開催が決定!
図工の先生に折り紙を教えれば、私たちが日本に帰っても折り紙教室は継続することが出来ます。また、支援団体OPEN JAPANはピアニカ41個の寄付が決定。そのほかは、検討中です。

「心安らかになってほしい」そのために私たちは出来ることを陰ながら努めたい。
私はもうすぐ日本に帰るけど、次は歌を子供たちと歌いたい。
歌える自分でありたい…。もっと音楽を信じたい…。芸術・アートのチカラを身をもって感じました。

今回ネパールに来て、音楽どころではないと思っていたけれど、音楽が必要とされる現場に遭遇し、私はもっともっと音楽を信じられるアーティストに近づいている感覚がありました。肩書きは、支援する側にいるかもしれないが、教えてもらうことの方が多いと改めて感じました。